何で人生の過去を振り返ってみようと思ったかというと、動画で大人びてしまった子供の将来に与える悪影響みたいな動画をみて、よく当てはまると思って振り返ってみた。
いくつか分岐点があり、印象的だったのを書いてみようと思う。
まず、思い当たるのが小学2年生の時かな、当時、僕は割と乱暴な性格で色々な人に構ってほしい性格だったように思う。周りからは、あまりいい印象を持たれていなかった。そこで、ある時から乱暴な性格を直す努力して周りの人からも性格が変わったね、なんて言われて満足していた気がする。この段階で僕は、自分がどうしたいからよりも、誰かからどう見られているかを意識するようになった気がする。
次に、小学4年生の時、当時はゲームがどんどん発展していって夜の遅くまで親に内緒でゲームをしていることもあった。結果、学校に行くよりもゲームの方が楽しくなり、学校には行ったり行かなかったりの生活が始まるようになった。
もちろん、両親は、頭ごなしに説教をしてきて学校にいけ!と何度も言われた。学校に行けなかった日は、父に叱られのが怖くて深夜に家出をしたり、マンション隅っこに隠れていたりしてた。インターホーンを、押すのが怖くて家に入らなくなり怖い思いをしていた。今思い返すと、どうして学校に行きたくないのか両親には相談に乗って欲しかった。
そして、小学5年生になって学校にも家にも居場所がないことが分かってしまった。学校にいても周りの目線がやたら気になって学校行くことが完全に嫌になった。この辺りから周りの人にどう思われているのかが気になってしょうがなくなり、孤独感を感じるようになった。結果、僕は大人の自分を演出し始めた気がする。なんで、そんなように変化したかは、あまり覚えていない。でも、周りから落ち着いているね!大人びているね!と言われて心地が良かったのは覚えてる。僕かに、自分の存在を認めてもらいたいみたいな意識が芽生えたのかもしれない。
小学6年生になってからは、周りの目線が気になってしかたなかった。誰に何を思われているのか常に意識していた気がする。どこか、グループに入って安心感を得たい気持ちに変化していった。しかし、なかなかうまくいかなず、学科には行ったり行かなかったりしてた。
ここまで振り返ってみると自分の存在を誰かに認めてもらいたいっていう気持ちがすごいあった人格を持っていたのかもしれないなと思う。それが今の僕にどんな影響を与えているかは、不明だけど、たしかに、自分は自分の主張を通したいでも、周りが気になって気持ちを伝えられていない状態にあるのかもしれないと思う。